固定種野菜|その栽培と種採り

野口勲氏の著した「タネが危ない」という本を読んで、固定種の野菜の栽培に興味を覚えましたので、大根の種を取り寄せて栽培し、種採りまでしてみました。

収穫した固定種の大根4

== 目次 ==

 

 1.固定種とF1種

現在流通しスーパなどで売られている野菜は、ほぼF1種とよばれるハイブリッド種子です。

F1種

F1種とは、一代限りの雑種のタネで、雑種の一代目の、「両親の対立遺伝子による優勢形質だけ現れる」「見た目が均一に揃う」「雑種強勢により、生育が早まる」「収量が増える」のどの性質を応用して作られたものです。

このF1種の作物では、タネができなかったり、タネが採れてもうまく育たなかったりします。

「見た目が均一に揃う」ことは、より多くの野菜を箱詰めする際などに都合がよく、販売するにも値付けがしやすくなります。

「生育が早い」「収量が増える」などは、生産農家さんにとってはいうまでもなく助かります。例えば大根では、F1種では二月半ほどで収穫できるところ、固定種では4ヶ月ほどかかります。

こういったことが理由で、日本では昭和30年代ころから、急速に固定種がF1種に置き換わっていったそうです。

固定種

固定種の野菜は一つひとつのタネが多様性を持つため、育ちの速さもばらつきがあり、つまりは順番に消費していくというような家庭菜園に向いています。

「__栽培した野菜の中で一番良くできたものはタネ用に残し、二番目を家族で食べ、三番目を市場や八百屋さんに売った。__」というように受け継がれてきた固定種野菜。

そんな、野菜本来の、個性ある味わいをもとめて固定種大根の栽培をしようと思ったのです。

栽培中の固定種大根

大根の種採り

大根は春播きと秋播きがありますが、種を採る場合は秋播きの大根から採ります。

秋まき大根は、年明けから春先ころに収穫できると思いますが、出来の良かったものをそのまま2、3株放っておくと、花を咲かせ、やがてタネの入った鞘ができます。

この鞘のなかにある種を登熟させ、刈り取り干して鞘から種を取り出します。

これを十分乾燥させて、低温低湿度環境で保管します。

自分は冷蔵庫に入れていますが、ジップロックなど密封しないように気をつけて下さい。種は生きていて、呼吸もしています。

固定種大根の種の鞘 固定種大根の種鞘を破ったところ 固定種大根の種

 2.大災害への懸念

現代の日本を無事に生きる人たちの多くは、飢餓に苦しむことなど想像しにくいかもしれません。

ですが、少し歴史を紐解けば、遠い過去の話でないことは明白です。

サバイバル

ゴルゴ13」などの作品で知られる漫画家の故・さいとうたかを氏の作品に、「サバイバル」があります。

これは、少年サトルが友人と洞窟探検中に地殻変動とおもわれる大地震に見舞われ、そこから生き残りをかけ、そして家族をもとめて彷徨うという物語なのですが、作中で野菜を栽培する元野球選手と出会い、助けられる話があります。

この元野球選手である青年が野菜を栽培し、その畑の受け渡しを求める集団との争いにサトルも関わることになります。

ブレイクダウン

もうひとつ、さいとうたかを氏の作品に「ブレイクダウン」があります。

こちらは、地球への小惑星の衝突による大災害で、テレビ局報道記者である大友海里がやはり生き残りをかけて彷徨います。

作中では、被災民が集まった集団が、食料の捜索とともに野菜の栽培をしています。

絶望

自らが「サバイバル」や「ブレイクダウン」のような災害にあったとして、食糧確保のために畑を耕し野菜を栽培しようと考えたとします。

その時に手にしたタネがF1種だったらどうでしょう。

撒いたタネがぐんぐん育ち、実りは早いかもしれませんが、その後はタネができなかったり、できても育たなかったりします。

普通に生活していて、野菜の種などを見る機会が多いのは、ホームセンターだったりすると思うのですが、ホームセンターにあるタネなどはほぼF1種なのだそうです。

考えただけで絶望してしまうような気がします。

漫画作品「サバイバル」の1シーン

 3.技術開発の果てに

交配種である一代限りの雑種のF1種に始まり、現代ではそれ以外の技術による農作物もあるようです。

「食の安全保証」なんていうと大袈裟かもしれませんが、様々な懸念が「タネが危ない」には提示されています。

雄性不稔ゆうせいふねん

F1種の多くの種は現在、花粉のできない突然変異である。雄性不稔ゆうせいふねんという、ミトコンドリア異常の個体から作られているそうです。

「ミトコンドリアの異常は、母親から子供に伝わっていく。」

「自然界では大根とキャベツはゲノム(全遺伝子情報)が違うから、絶対混ざらないはずだが、二酸化炭素の比率が高められたことによって、大根の生理が狂い、キャベツ50%、大根50%の合いの子の種を産む。」

=「タネが危ない」より=

そして、あくまでも仮説だ、とした上で、ミツバチがいなくなってしまう「蜂群崩壊症候群(CCD:Colony Collapse Disorder)」に言及し、産卵数が極度に少なくなる”不妊症”の女王蜂の存在から、F1作物との関係へと考えを巡らせます。

蜂群崩壊症候群は1960年頃にも観測されていたということから、一般に、その原因としていわれているネオニコチノイドの関与を「1960年代にはなかった」として、原因から排除しています。

そのうえで、最近の男性の精子の量の減少まで、このF1種が影響しているのではないか、との推論を提示されています。

ターミネーター遺伝子

米国特許(572376号)をもつターミネータ遺伝子とは、遺伝子操作で種の次世代以降の発芽を抑えるもの。農家の自家採取を不可能にします。

米国特許が取られた直後の、日本種苗協会機関誌『種苗界』(1988年8月号)によれば、「__すべての植物種をカバーし、遺伝子組み換えによってできた植物のみならず、通常の育種方法によってできた植物も特許の領域にふくまれる__」そうです。

米国のミズーリ州の育種会社デルタ&パイン・ランド社がミズーリ州農務省と特許を共同取得。1999年にモンサント社(当時)に買収されました。

これとは別に欧州でも複数の会社が、別の特許技術で自殺する遺伝子を試験栽培しているそうです。

「__自殺する遺伝子が組み込まれた作物の花粉が飛び、その花粉と交配した植物がタネをつける。そのタネが土に播かれ、水分と温度に反応して芽を出そうとした瞬間、毒素を出して死んでしまう。__」

「これによって農家は自家採種が不可能になる。要するに、タネを特定のタネ会社からしか買えない社会を作るのが狙いだ。農家に自家採種なんてやらせないぞというのが目的である。__」

=「タネが危ない」より=

こんなことが許されていいのでしょうか。

Apis mellifera - Brassica napus - Valingu
Ivar Leidus, CC BY-SA 4.0ウィキメディア・コモンズより

 4.火の鳥

「タネが危ない」の著者・野口勲氏は、かつて漫画家の手塚治虫氏のもとで働かれていたそうで、そのエピソードが同書にはたくさん盛り込まれています。

漫画作品「火の鳥」の編集者として働いておられたようで、野口種苗研究所にも火の鳥のイラストなどをつかわせていただいたとか。

自分は幼い頃に雑誌に連載されていた火の鳥をみても、その内容がよくわからず、中学高校となった後年に書籍化されたものを手に入れ、その作品を改めて読み、大好きになり何度も読み返しています(最近でも)。

「タネがあぶない」では生命の連続性など、さまざまなテーマを手塚作品にからめて紹介されています。そういったこともとても興味深く拝見しました。

シュナの旅

また、自分が「タネが危ない」を読んで連想したのは、宮崎駿氏の絵物語作品、「シュナの旅」です。

小さな王国の王子であるシュナが、行き倒れの旅人を介抱します。

残念ながらこの旅人は亡くなるのですが、旅人が今際のとき、シュナに種籾たねもみを見せます。

その実り大きく重い種籾を見て、シュナは旅人に、我々のヒワビエの実は小さく貧しい、この実を分けてもらえないか、と頼むのですが、旅人はシュナに言います。

「あげてもよい が これを地にいても無駄だ…… この実はからをむかれてすでに死んでいる _」

そしてこの金色の種を求めて旅にでることになるのですが、旅の途中でしりあった老人に、金色の種について尋ねると、こう教えられます。

「人はかつて金色の種をもっていた みずから収穫し みずから種をき みずからを生かしたものだったが いまは種は神人しかもっていない」 

「人は人間を神人に売り 死んだ実をもらうようになった」

一握りの種を、幽鬼のような姿になってもちかえったシュナは、旅の途中で知り合ったテアらの助けをえて、その種を実らせ、そしてもう一年栽培して種を採り、その半分をお世話になった村に残し、もう半分を携えて自分の故郷に向かい旅立つのでした。

ハチはなぜ大量死したのか

前述の通り、野口氏は著作でハチの失踪について触れておられますが、一時期話題をよんだ書籍、ローワン・ジェイコブセン氏の著作「ハチはなぜ大量死したのか」を紐解いてもいます。

自分もこの「ハチはなぜ大量死したのか」に興味を持っていたのですが今まで読んでおらず、ちょうどこの記事を書く直前に本を入手、読んでいたのでした。

ですので記事を書くために、野口氏の本を読み返したときに、蜂との関係にいろいろ想像を巡らせました。

「ハチはなぜ大量死したのか」には、ハチと人類の歴史から、ハチの集団としての生態や農作物などとの関わり方など、話は多岐にわたり、どれもこれも自分の知的欲求を満たすものであるのですが、同書にはハチなどの花粉を媒介する昆虫がいなくなったがための、いくつかの例が示されています。

・ハワイの絶壁にしか生えない多肉植物であるブリグハミア。唯一の花粉媒介者であるスズメガが絶滅してしまったため、野生のものは自力では繁殖が行えなくなってしまった。

・メキシコのバニラ農園では、バニラの花の花粉を保護する膜を開けるすべをもつハリナシミツバチのメリポナビーが森林伐採で消滅したために、農民が花弁を引き裂き、花粉を爪楊枝で柱頭に移さなければならなくなった。

・中国の四川省では、満開の梨の木をよじ登りその花に、竹と鳥羽根とタバコフィルターでつくられた「受粉棒」で、人力で受粉させる。殺虫剤が大量に播かれるようになってから、これらの地域では何年も昆虫を見ていない。

他にもジェイコブセン氏は著作で「絞め殺しのイチジク」を例に、根源種の説明をされています。曰く「イチジクを取り除いたら、熱帯雨林は崩壊してしまうのだ___」(263頁)

食をめぐるさまざまな環境は案外はかないもののようです。

Starr 020225-0011 Brighamia insignis
Forest & Kim Starr, CC BY 3.0, ウィキメディア・コモンズより